HP作りが進みませんw 著作権対策やら、ネット上に資料が無いやらで・・・。
まあそれはそうと、いろいろ調べているうちに改めて気になることも出てくるわけで、この間のヴォーバンに関することもそうなんですが、思いついたことをメモっとかないと~とか考えたりする訳です。
で、表題のことなんですが・・・何かまだ考えがまとまらないので、本っ当にただのメモになりそうです。ですが、性能劣悪な脳みそを持つ身としては、どっかに書いておかなきゃならず、ブログを利用した次第。・・・このブログのタイトルにも「メモ」だって書いてあるしねw
それにこれは確信をもって言いますが、世の中のどっかにはこういうことについて解説した本なりサイトなりが確実にあるはずで、まあ、うちが見つけられない、ないしは見つけるのをサボってるだけなんですね。
でも、いいやw 素人のお遊びと思ってくださいな。
じゃ、始めよ。まず、稜堡式城郭の「高さ」っていう問題は、つまりはこの言説を指します。
“中世までの石積みで背の高い城壁は、ルネサンス期に攻城砲が出現すると格好の射撃目標となった。攻城砲の威力を減殺するために、城壁は背が低く厚みのある土塁へと変化していった。一方で防御側としても、同時期に登場した銃の威力を活用し、攻め寄せてくる敵に十字砲火を浴びせられるよう、死角がないように城壁から外向きに突き出した稜堡が築かれるようになった。こうして稜堡式城郭が発達していった。”
(日本語版wiki ヴォーバンの記述から抜粋 下線はうちが引いたもの)
でもって、wikiにはブールタングや五稜郭の写真が載っていたりして、なるほどと納得できる仕組みです。
この説明は間違ってないと思います。思いますが、文章と実物にはそれぞれから受けるイメージに微妙なズレがあると思ったんです。で、そのことをメモしておこうと思います。
左図はトゥーロンの都市囲郭です。トゥーロンにはもともとヴォーバンが築いた都市囲郭があったんですが、フランス第二帝政期の1850~60年代にかけて、これを壊して新しく造られたシロモノです。
これだけだとピンとこないかもしれませんが、五稜郭の築かれた年が1866年だっていうと判るかも。・・・五稜郭の説明にはこのような記述が散見されます。
“一番の問題としては、既にヨーロッパでもこのような稜堡式の築城様式は、いささか旧式化していたことである。堡塁を重ねるのは小銃を防御兵器として用いるための方式であり、当時のヨーロッパでは大砲を掩体壕に据えての防御へと移行しつつあった時期である。”
(日本語版wiki 五稜郭の記述から抜粋 下線はうちが引いたもの)
要するに時代遅れなシロモノなんですが、それにしてもこの稜堡、デカいよなあ・・・。恐竜的進化って言葉がぴったりしそう。
閑話休題。トゥーロンの稜堡に認められるように、フランスはヨーロッパのなかでも最も稜堡式城郭に拘った国です。ちょっと前に書いたメスの要塞のように、他の国がとっくに多角形型近代要塞に移行しても、まだ稜堡を使い続けてます。・・・で、1870年に勃発した普仏戦争で稜堡式城郭の陳腐化が完璧なまでに証明されるわけですが、まあ、今はそれは置いときましょ。
今問題にしたいのは、この稜堡の「高さ」です。・・・稜堡式城郭最終段階の高さはって言うと・・・。
こんな感じ。そそり立ってますw 城壁の上端が土塁になっているのは砲撃のショックを分散させるクッションの役割を期待しているからです。wikiの説明にある「攻城砲の威力を減衰させるための土塁」部分に相当します。
ですが、今は高さだけ考えることにします。この写真だけ見ていると「城壁は背が低く厚みのある土塁へと変化していったっていうwikiの記述、ウソじゃーん。最終段階でこんなに高いよ」ってな感じになりますが・・・そうはならないんですね。そこらあたりが上記の「文章から受ける印象とのズレ」なんですが・・・もうちょっと例を見てみましょうか。
さて、上に載せた写真ですが、グーグルマップ&アースの最終兵器(w)、ストリート・ビューを利用したものです。HP作ってる過程でちょっとでも使用可能な写真が欲しくて折に触れて見てみる訳ですが、これが意外と使えない。・・・単純に稜堡城郭を地平の高さで見るとつまらないってのもあるんですが・・・それ以前の問題、「城壁が見えにくい」例が多いんです。
左図はフランスのピカルディー州にあるデュランのシタデル(Citadelle de Doullens)です。ちなみにこの☆は1599年製。トゥーロン都市囲郭の稜堡とは逆に、フランスで最も初期の稜堡城郭の例です。トゥーロンの例とは300年の差がありますね。
築城者はJean Errardという人。ジャンはいいとして、エルラールなのかエラールなのか、無知ムチプリンなうちにはよー判らんのですが、それはともかくアンリ4世の下でフランスにイタリア式の稜堡城郭を紹介し、理論書を書いて普及させた方です。よくヴォーバンの先行者として紹介されてます。
ぐは、また脱線。デュランシタデルの画像に戻らんと。
中精度地域なのでちょっとボケてますが、いい具合の位置にストリート・ビューのアイコンがあります。しめしめワクワク・・・。ストリートビュー、かもーん。
って、期待して見てみたんですが・・・なんじゃ、こりゃ;; 全然見えないじゃん・・・城壁の上部ちょっとだけしか・・・。
・・・まあ、こんなことがあったんですが、こんなのはまだ良いほうで、建物等の障害物が無いにも関わらず城壁が全く見えない例って本当に多い。・・・いや、正確に言うと「障害物が無いように見えるにも関わらず」・・・かな。
実はしっかり障害物がありまして、山の斜面だったり、ヴォーバンが大好きな斜堤だったりします。 この斜堤(グレイシス)というシロモノ、最近ようやく意味が判りかけてきたんですが、まだ不安なんで機能については置いておくとして、要は稜堡城郭のもっとも外側の部分に相当する人工的な斜面です。稜堡式城郭の図面をみてると稜堡の先端から放射状に稜線が見えますが、その付近に相当します。
じゃ、なんでこいつらのせいで城壁が見えないかっていうと・・・

ヘボい図で申し訳ないんですが、言葉で言うより早いので・・・。
まあ、こんな感じなんですね。
ヘボ図内に描いたように、実際の城壁の高さはかなりあります。ですが、斜堤が邪魔して外からは見え辛くなっています。・・・で、図の視線のラインは、ある程度攻撃側の射撃ライン(射線)に置き換えることも可能かと思うんです。下から鉄砲撃つとこんな感じで弾が飛んでくだろう、って考えたわけです。
このような状況がもたらす効果について考えて見ました。
- 見えにくい=狙いが定めにくい。
- 直接城壁を狙えないので大砲で城壁を崩せない。
いあ、改めて稜堡城郭のシステムってよく出来てるなぁって感心しますが、このような事がごく初期の段階であるディラン要塞で既に意識されていることにびっくりです。
確認しておきますが、「城壁の高さ」自体は隠れているだけでしっかり確保されているんです。外から見えづらい(低く見える)にも関わらず、高い位置から撃ち下ろす効果(射距離が伸びて威力が増す)と、高さゆえの障害物効果(堀の中からは中世城郭の城壁以上の高さだったりする)は両立し、確実に存在しています。
従って、ここでは「稜堡式城郭の城壁は低い」っていうのを「稜堡式城郭の城壁は見えづらい」と言い換えられるかもしれません。一つ種明かししますと、最初のトゥーロンの城壁が高く見えたのは、ストリートビュー・カーの走ってる道路が堀の中にあるからなんですね。堀の外から見れば、多分ああは見えないでしょう・・・。
ついこの前まではこれで納得かつ自己満足をしてたんですが・・・世の中そうは問屋が下ろさないわけで、そこら辺りは次にでも。